にゃんとな!

日々の出来事と面白いネタ探検の記録....

算数の「変なルール」問題について

【事のはじまり】

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kennel_org@
『小学校3年生の子が、算数の問題「 3.9 + 5.1 」の答えを「9.0」と書いた為に減点された』と騒がれている問題で、この先生の行為についてネットで様々な意見が出ていますが、
わたしもこの件に関して言いたいコトがありますので述べたいと思います。

この算数の問題の正解は
『「9.0」の「0」に斜線を引き消さなければならない』らしいのです。
ところが『斜線がなかった』から『減点した』とのこと。

このささいな斜めの線1本について様々な意見が飛び交ったみたいです。
多く目に付いたのが「どっちだって同じなんだから、たったそれだけの事で減点するのはおかしい!間違っている!そんな無意味なルールは無駄!」という意見。また「別にいいんじゃない」など問題ない派から、「そのように決まっているものを、そのように教え教えられ、みんなそのように回答しているのに、なぜ自分が間違ったことの反省無しに、先生や指導要領のせいにするのか…」という意見まで様々。

さて、色々述べる前に、先に私の意見と立場をはっきりさせておきたいと思うのですが、
私の意見は『学校の先生がそう言うのならば従った方がよい』です。
理由はもう少し先で話します。
少々お待ちを。


また、もうひとつ同様な問題がありましたので紹介します。

「林修の今でしょ!講座」の年末の特番で林修先生が語っていた、
『体積を求める問題の解答の計算式を「縦 × 横 × 高さ」の順番通りに数字を当てはめて計算式を書かなければ減点された』とう件です。
hayashi-taiseki10

これも同じく私の意見は『学校の先生がそう言うのならば従った方がよい』です。

さらに、
以前このブログの『面白い算数の問題!』という話の中で、
『計算式の数字の順番』について書きました。<→リンク

簡単に説明しますと・・・
+・+・ ここから ・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+
以下の問題文の式を答えなければならないとします。

 八百屋でリンゴを3個買いました。
 リンゴ1個の値段は100円でした。
 全部で値段はいくらだったでしょうか?

この式を「3×100=300(3個×100=300個)」ではなく
「100×3=300(100円×3=300円)」と書くべきであると。
+・+・ ここまで ・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+

これら3つの問題は、全てこれからお話しする理由があって「決められたルールには従った方がよい」と思っています。

これを読んでいる「減点はおかしい派」の方々もちょっとは私の意見に納得いただける・・・かな?とは思っていますので、是非最後まで我慢して読んで頂けると幸いです。

※ここで語られるのは「9.0問題」や「体積の順番」等について具体的な反論や回答ではなく、あくまでもこのような変な慣習の是非・要不要について私自身の考えを述べさせて頂いております。ご了承下さい。



【さらに面白い事実】

某Facebookにこんな面白い問題がありました。
『 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 - 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 x 0 = ?』
です。
この問題に答えた人の回答ですがこのようになっていました。

答え= 0  : 125万3千人程
答え=14 : 83万人程
答え=16 : 1万人程
答え=17 : 5千人程
(※ 回答人数=1月10日時点 URL=https://www.facebook.com/questions/10150204234287260/

正解は、計算順の規則通りに最初に行うべきかけ算の「 1 x 0 = 0 」をおこない、後は計算途中の「 1 - 1 」さえ見落とさなければ前から順番に何の問題も無く計算し、答えは「14」となるはずです。全員が。でも結果はそうはなっていない。
答えはなぜか圧倒的に「0」が多い。
もの凄〜く恐ろしい結果だと思います。
特別な引っかけ問題でもなければ、何か難しい計算をする箇所があるわけでもないのに…

小学校低学年なら分かりますが、大人が間違えるはずもないと思うようなこんな低レベル過ぎて笑ってしまうような問題を間違う大人がこんなにもいるという驚くべき事実!

まぁ大げさにしても何なので推測ですが簡単に言うと、
ただ「かけ算を先に計算しなければならない」というルールをすっかり忘れて最後にゼロを掛けている人がすこぶる多いってだけなんでしょう。
…にしても多すぎなんですがね (^_^;)

※答えが16になった人はうっかり見落としで済みますが、17の人は論外ですよね… 
「×0」を「+0や-0」と同列に思ってるし、それらの区別が付いてないんですから…(T-T)

でもまぁこんな単純幼稚な間違いを犯す人がこんなにも多いと何となく疑ってしまうワケですよ。小学校の算数の授業の慣習に「おかしい」とか「不要」とか声高に叫ぶ大人達がその実バカみたいに簡単な計算を間違っている事実を目の当たりにすると。

「"不要"と言ってますが本当にそうだと言い切れますか?」
「ナゼ"不要"と思うのですか?」
「"変なきまり"があると何が問題なのですか?」

と問いたくなる気持ちももなんとなく分かるでしょ?
…分かりません?

さて、
それで教育現場で行われているある種の「変なきまり」
茂木先生のいうところの「奇習」ですが、
「おかしい」のか「おかしくない」のか?
「不要」なのか「必要」なのか?

その前に!



【 誰のための議論なのか?】

私は小学校1年生の親ですが、うちの子が
5+3=8
という足し算の後に引き算をやらせると、
7−2=9
って迷いもなくやっちゃうんですよ。(T-T)
うっかりでもやらないような事を。

間違ってるよと指摘しても「ナニが?」って顔します。
引き算であるコトを教えてもまだ「?」って顔する時がありました。
「マジか!?ナニをどう教えたらいいんだ?」と思ってると
だいたいは子ども自身で「あ!」って気づいてくれます。

この時思ったんですが、気づかなかった時、何をどのように教えればいいのか?
基本的なことすぎて「足し算と引き算を間違えている」よりもっと簡単な言葉で教えるにはどうすれば?…みたいな事を思ったのを覚えています。

大人は「まじか!?足し算と引き算間違えるか?それそんなに難しい事じゃない…よね?」と思ってしまいますが、このような「大人のあたりまえ」で考えていたりしてもダメなんだ〜と。
で、どうしていいか分からず、
「あれぇ〜なんかへんだぞぉ〜」とか
「なな"ひく"にってなぁ〜んだ」とか
ものずごぉ〜く変なヒントを出してみたりして(^_^)

で、やさしい言葉で言ってみてそれで分かるのか?と問われるとそうでもない。
「言葉の選択の問題でもないんだ…。(T-T)」
ただ思考を切り替えてもの凄〜く単純簡単に分かりやすい言葉にしたってダメなものはダメなんだとも思った。
分かってくれないものは分かってくれないんですから、どうしましょ?

ホント子どもって大人の理解の範囲外なんですね。
ん〜〜〜学校の先生は偉いと思います。


ここで大事なのは「大人の理屈・思考・言葉ではこどもに理解させられない事もある」。
いや、もしかして「理解させられない事もある」ではなく「理解させられないのかもしれない!」という立場に立って教えなければならない、そう思って接しなければならないってこともあると。

 ※そんな事は知っている!という方も多いとは思いますが、
  教員免許を持っているわけでもない子育て初心者の私の、
  「今更ながらの気づき」ですので我慢して聞いて下さい。

『小学校1年生に教えるのが一番難しい』と聞いた事がありますがホントそう思います。
勉強を教えているとき「正しい!」とか「コレが正解!」とかを教えがちですが、
そんなあたりまえのことは学ばせる理解させることとは全く関係ないし必要なくって、
ただ『子どもに理解しやすいところに降りていって教えなければならない』感じがします。

大人の考えや都合、この世の正解などは全て取り払ってしまい、
もし遠回りなことや無駄みたいなことがあったとしても
「子どもに理解させるにはどうすればいいのか?」をただひたすら考えるだけ。

大事なのでもう一度いいます。
最も重要なのは「子どもに理解させるにはどうすればいいのか?」だけなのでは?。

なので、
「9.0の減点問題」や「体積や計算の順番問題」で、
「どちらが数学的に正しいのか」を論じる話がよく目に付きますが、
そもそもは学校教育の話なのですから「大人が自分的にはこちらが正しい!」って言ってる事自体変じゃないですか?
「子どもたち目線でものごとを見てみること」や「長い目で見て子どものためになっているのか?」について
それらが必要な事なのかどうかを考えないと意味ないんじゃないんですか?
って思うんですよ。

※目先の単純な議論が多すぎる気がします…。



【じゃぁ必要なの不要なの?】

「9.0の減点問題」や「体積の順番問題」をネットでは
・意味ない
・柔軟に対応しろ!
・融通の利かない硬い考えがダメにしてる
・応用の効かない先生が悪い
・学習指導要領が悪い
と非難したり
・ある程度決められたフォーマットは守るべき
と擁護の声があったりと様々です。

みなさんの意見ごもっともです。分かります。
とっくに算数や数学を理解し完全に自分の物にした方々にとって大変くだらない、ど〜でもいいようなコトだと思います。私もそう思います。
また小さい頃から勉強が出来、なんでも素早く理解し吸収してしまうような高学歴の方々には想像も及ばないような愚かな行為なのかもしれません。

ですが、世の中、すべてそのような人間だけではないのでは?

そうです!今まさに学んでいる小さい子供たちです。まだ論理的思考のかけらも持ち合わせていないですし、当たり前のコトも当然だと思われることもビックリするぐらいとんちんかんな答えを返してくる子供たちです。
また、さらにその中には見ていてイライラするほどの理解するのが遅い子もいるでしょう。

能力別に分けられ指導できる高校と違い、義務教育期間はそのような子供がゴロゴロいます。また、普段はすっと解けるような賢い子でも、ひょんなとき妙に引っかかって解けなくなってみたりするなんてことだってありますよね。

このような子供たちを指導する時に「懇切丁寧に…」とか「個別に…」とかって話もあるのでしょうが、全体を通して見ると「ある程度の規則性をもって指導する」方が子供が迷わなくていいのではないかと私は考えます。


「ある程度の規則をもって指導する」
カンのいい方ならピンと来ていると思いますが、
そうです「9.0減点問題」「計算の順番」などの全ての算数のくだらない規則がそうなのではないかと思っています。

右も左もわからない子ども達が迷わないように大人が勝手に決めた変なルールなんです。

※一応お断り:"くだらない"とか"変な"などの表現はネットでの反応の話で現在の学校現場で行いがそうであるという意味ではありません、念のため。

似たようなのよくあるでしょ?大人が決めたルール。
例えば「横断歩道渡る時のアレ」です。
「右見て、左見て、もう一度右見て、手を上にあげて渡りましょう」ってヤツ。
そう、大人はこんな事なんてしません。好き勝手に自己流で渡ります。
「雨の降る夜道で運転者に早く正確に認識してもらうために!」と言われたとしても、さすがに大人は手を挙げて渡らないですよね?
横断者としての経験値が高いので自分の好きな方法で確実に安全に渡れますから。

でも判断力のない、横断者としてだけではなく様々なことの経験値が低い子どもに好き勝手にさせては危険です。当然安全に渡れるように大人が何かしらの「きまり」を作ってあげそれに従わせる方がいいです。どんな子どもにでも確実に安全な方法を実行させる事ができる「きまり」はホントに良い事ばかりで必要なものなのです。

小さな子どもには、大人(指導者/先生)が勝手に決めたルールであっても、
「ある程度の規則をもって指導する」方がうまくいく事が多いと思うのです。
後に不必要となるような事、その時は大人にとってはくだらないよう事であってもです。

そのルールは、
途中でその本質的な部分のみを吸収し余計な部分=くだらないと思う部分はそぎ落とされ忘れ去られるでしょう。
それは本当にくだらないのではなく、最終的にはその子の身に実力になっていく。
成長するための、伸びるための、理解するための、そんな途中の1つのステップにしか過ぎないのではないでしょうか?

算数の「変なきまり」だってそうだと思います。

発展途上というかこれから!という初心者には、後々無駄とも思えるような何かしら「きまり」がいる。「今はかけ算を入れ替えても問題無い事は知っている」し「後々無駄である」と思うかもしれません。でも、それがあることによって訓練がスムーズにおこなえ、正しい方向に導いていけ、後々はいらなくなるようなものだけど思い返すとアレのおかげで助かったとか無駄ではなかったと思えるようなそんな「縛り・ルール・規則」ってのがある。

部活の根性論とか、いろいろあの当時は意味不明な無駄だったと思う事ありませんでした?
でも初心者の時にはそれらがあった方が後々もっと難しい物事を行うときに
あの変な事、無駄なこと、基礎的なことがあったからこそ今がある!
そんな風に思えるような事って1つや2つではなかったのでは?


さて、今一度聞きたいと思います。
そんなに「9.0の斜線を入れて消せ!」とか「体積の順番を順番通りに書け」って事が問題ですか?というか、もの凄くもの凄くもの凄く沢山の覚えなければならない事だらけの子ども時代に、そんな事1つ2つ覚える事に何か問題ありますか?
どうせ大きくなれば自力でみんな気づくんでしょう?順番は関係ないって。9.0と9が同じだって。じゃぁいいじゃない、修行の身である時分だけは先生の言う事聞いたって。

子どもの時は規則があった方が良い事多いのでは?



【そもそもこの考えの元になった事柄】

25〜30年くらい前から計算の順番問題は大事だと考えていて、
ずっとただなんとなくそう思っていたところに、
10〜15年くらい前だったか、
「『割り算』や『分数』が始まると落ちこぼれる子が出てくる」みたいな話を聞い時、
「そうだ!やっぱり計算の順番は大事だ!」とあらためて思ったのを覚えています。

なぜそう思ったのか?
ん〜〜直感で思った事を理路整然と語るのは難しいのだけど・・・

「そうだ!やっぱり計算の順番は大事だ!」と思ったと言うよりかは、
『割り算』や『分数』って計算の順番を間違ったらダメというか、
割り算って「何を何で割るのか」が大事じゃないですか?
分数って「どっちが上で、どっちが下か」って大事じゃないですか?
さらに言うと、割る時に「ナゼこのような変な計算をするのか」かって子どもって思ってそう。
さらにさらに言うと「割るって何?」「は?分数ってなに?」って子どもいそう…(^_^;)

つまずく気持ちすっげ〜分かる気がするんです。
整数の時は直感で指折り数えればよかったものが、
突然!概念のような世界に入っちゃう。分数。
この算数数学特有の意味不明な概念みたいなヤツ。

丸いケーキを切って何分の1とかやってたのに!いつのまにか
「『あまり』が出てくるところまではよかったんだけどな」とか
「"2と3分の1"とか"通分"とか出てくるとてんで分からない!」
こんな感じで何が何やら分からなくなってくる人が多いんだと思うんです。

で、もしかしてなんだけど、
「足し算引き算の頃から『何の為にこの計算をしていいて、じゃあ何と何をどうすればいいのか』を常日頃考えていれば、割り算の時に突然やってくる ”衝撃” を和らげるんじゃないのかな〜」とうっすら思ったたのが「算数の計算の順番が大事なんじゃないか」と思った最初のきっかけです。


これらは特に「文章問題」に効力を発揮してくると思ってます。
足し算・引き算・かけ算・割り算のすべてにおいて共通で。
特に、分数のとき起こりそうな「今この計算は何を何のためにやっているのかさっぱり分からないでやっている状態」も随分軽減できそうな気はするんですが?いかがなもんなんでしょうか?

最初から、文章問題のときに「何を何の為に計算している」のかを徹底して教えていれば
それらが文章問題ではなく式だけの計算問題だったとしても
この数式が何を意味していているのがちゃんと理解しているので、
ちんぷんかんぷん具合が違ってくるんではないかと考えているんです。

さらに理解させるには、逆のパターンを行うといいかもしれません。
「式だけの計算問題」から「その式が答えとなる問題」を作らせる。
数字の羅列だったものが別の実生活に即した形に見えてくるかもしれません。
そうしたらもう苦手意識よりも、身近なクイズのような物になるかもしれません、算数が。

ん〜無駄かもしれないけど、正確ではないかもしれないけど、遠回りと思われるかもしれないけど、横断歩道の例のように「右見て、左見て、もう一度右見て、左見て、さらにもう一度右見て、、、、、」ってくどいくらいに常日頃の地道な鍛錬訓練を続けることが後々効いてきて結果大きく違ってくるんじゃないかな〜って思うんですよ。



【計算の順番は必要なのか】

ここからは、さらに具体的な話をしていきたいと思います。

算数の「式だけあって計算するだけの問題」ってあるじゃないですか、
 1+3=
 5−2=
 2×4=
 6÷2=
こんなヤツ。これはいいんです問題ない。
ただ子ども達はいくつも数こなして慣れていけばいいだけ。OK。スルーします。

問題が起きやすいというか、今回問題にしたいのは「文章問題」ってヤツの方。

文章問題の回答の計算が「1+3」や「2×4」のように順番を入れ替えても問題ないような計算は良いのだけれど、答えが「5−2」を「2−5」、「6÷2」を「2÷6」のように順番を入れ替えてしまってはまるで違う答えになる計算を、テストの回答欄に何の疑いもなくあべこべに書いてしまう子どもがいるワケなんですよね、実際。
問題文に出てきた数字をそのままの順番で書いてしまう子どもが。
そして当然こんな式では答えが出せないんで答えの欄は空欄のまま、みたいな。
答えの欄が空欄…というか、答えが違うとか合っているかなんて事はどうでもよくって、
順番を間違えている子どもは「そもそも問題の問いかけている意味を全く理解していない」って事が問題じゃないですか。

個人的な考えで申し訳ないのですが、
小学校低学年〜中学年の子どもの算数の文章問題って答えの欄はいらないんじゃない?って思うんですよ。
文章問題って答えが合っているかいないかのテストだとは思ってないんですよ私は。あれは文章を読んで理解し、論理的に組み立てた式を完成させるまでが大事なんであって、答えは二の次でいいんじゃないかと。
なので「式」を「ちゃんと書く」ことが出来ればOKなんです。
その後の計算は、先の「式だけあって計算するだけの問題」と一緒なので、そんな単純な計算する訓練は別でして下さいって感じなんです。
※もちろん同時に行ってもいいんですよ。ただ答えまでがセットなのが絶対必要かと問われば、そんなことはないんじゃないですかって話です。

文章問題の問いかけを理解し、それを計算式に正しく書く。
どの数字を使い、その数字は使わないのか?
問題は何を問いかけているのか?

ただ「答え」を出すだけに終始するのではなく、
何のために、何の計算を、どのようにヤルのかを考える。
その習慣を付けさせてあげる。

そのためには、足し算やかけ算も順番があり、何の計算を何のためにやっているのか、子ども達も「ただだらだらと数字を並べて書いている」のではなく、「目的をもって、意味をもって、そこに式を書いている」状態にした方が良いと考えています。

なので「足し算やかけ算の時は、そんな計算の順番なんて考えなくてもいいですよ〜」じゃなくて、常に計算の時は何をどのようにするかを考えておくべきで、それは足し算やかけ算の時でも分け隔てなく訓練していてもよい、いや訓練しておくべき事なのではないかと思います。

順番なんてホントどうでもいい意味のないような事に思われますが、
これが算数で論理的に考える入り口であると思うので、順番は「くだらない変なきまり」かもしれませんが「常日頃から数字の順番を気にして、いつも正しい順番通りに書く訓練をしている」ことは子どもにとって大変大事な訓練の場・訓練の機会になるのではないかと思っています。
 
※まぁここまで書いといて何なのですが、文章問題を解くのって「論理的な思考」なのでしょうかね?もしかして国語力なのかもしれないとも思ってきました。
…ってことは毎日日記書いたり、たくさんおしゃべりしたりしたほうが教育や脳の為にはいいって話になってきたりして? …(^_^;)不安



【もう1つの側面】

このような考えに立つと、当然文章問題のテストの時は答えより式を重視します。
数字の順番を重視します。
式や数字の順番を重視すると先生が回答を見ただけで
その子が「どれだけ理解していて」「どこを理解していないのか」が
すぐに分かり発見できのではないでは?…と勝手に思っているのですが…

すぐに問題を発見できることにより、すばやく子どもに適切な対応がとれるようになるのでは?とも思っています。

どうなんでしょう?現場の方々の意見は?

※さらに付け加えるとしたら、
何かしらの規則ってのは、子ども達のため以外に、
全国の先生たちの”指導方法の統一"ってのも理由の1つかもしれないけど…
まぁ、もしこれが主な理由だとしたなら
「変なルール」は見直しすべき事案かもしれないですがね(^_^;)



【まとめ】

「9.0の減点問題」や「体積や計算の順番問題」は、
どれもおかしな事であるのは分かります。
正確ではありませんし、意味がありません。
ネットやテレビでおっしゃる通りなのだと思います。
私もそう思います。

ですが、それは「大人」にとってであり、
「算数を学習し終えた人には」という条件が入ると思います。

"これから"や"今"学ぶ子どもたちにとっては、
「論理的思考や数学の基礎を学ぶため正しく導くため」という意味でなら
「大人が決めた変なルール」は何かしらあった方が良い場合が多いと思いますし、
今回の件は全てそのような事例であるのではないかと思います。

※もちろん「大人が決めた変なルール」の中にも「いる」「いらない」はあるかもしれません。
 ただ素人の私には判断つきませんのでコレについてはお話し致しません。
 ただ今回の件についてネットやテレビでの意見等ですが
 あまりに頭ごなしとも感じとれるような不要論が飛び交ってましたので
 「ちょっと待て!いくつか論点がずれてないか?他の意見はないのか?」
 「俺の考えとみんなの意見が違いすぎる…」と思い書いた次第です。


ネットが普及し真実や正義が声高に振りかざされる昨今、
子どもの学習の場にも持ち込まれようとしていますが、
子どもって昔から何も進歩していませんし昔とそれ程差はないでしょう。

これまで先生たちが築いてきたすばらしい方法に、
我々素人が突然知ったかぶりで噛みついても太刀打ちできないのではないでしょうか?
現に現役の先生達の声がほとんど上がってこないし反論もないのは、
今回の件を相手にもしていないのかもしれません(^_^;)。

たぶんこれまでの方法論は間違っていないと思います。
もしかしてもっと徹底的に「規則」は守るべきなのかもしれないとも思います。

今後ますますテクノロジーが進化し簡単な労働はコンピュータが行うようになってくると、
親としては子どもを機械に使われる人ではなく使う側に、
コンピュータ(AI)が出来ない思考、コンピュータ(AI)にはマネのできない"人"ならではの発想ができる人にしたいと思います。
そのためにも小さいころから思考する訓練・論理的に考える訓練をさせたいと願ってる親は多いんじゃないんでしょうか?


さて、最後まで読んでみてどうでしたか?

「計算式の順番問題→算数の変なきまり」を話してきましたが、
変なルールって、あってもなくてもいいんだし、まぁ修行のみである子ども時代だけならそんなルールもあったっていんじゃない?
いや、もしかして変なルール案外バカに出来ないかも?もの凄〜く意味があるものかもしれないかも?
…って思いませんでしたか?

今回の件について何かしら思うところがあってこれを読まれておりましたら、反対意見の立場でも結構ですので皆様の何かしら考える材料の1つ・判断する材料の1つになれたら幸いです。

以上です。

  にゃんとな!( 山口 伸久 )


 

子供向け推理問題『夏山キャンプ9つの質問』!?

大人でもそう簡単には答えられないという
子供向け推理問題『夏山キャンプ9つの質問』

今後学校教育のメインとなる「アクティブラーニング」に役立つ
「観察力・推理力・論理的思考」を身につけるために
お子さんといっしょにチャレンジしてみましょう!

さて、あなたは全て答えられるかな?

夏山キャンプ9つの質問
<↑クリックで拡大>







【 最終的に導き出した答え:日本版 】
 
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※ キャンプ地を日本と仮定[限定]して導き出された回答です。
※ 「ON DUTY」は当番表、Colin=コリン、Peter=ペーター、James=ジェームスとする。
 
・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・

1:このキャンプに参加しているのは何人?
【答え】4人

皿とスプーンの数から4人。もっと詳しく説明するならば、姿の見えている3人と虫取り網を持つ1人の合わせて4人と、皿とスプーンの数の4人分の数が一致するので、皿スプーンが準備中の数ではなく人数分揃っていると確信できる。
一応断っておくが、答えの理由の1つに当番表を入れてはいけない。なぜなら当番表が料理当番の表だとしてもあれに全ての人数が表記されているとは限らないから。当番表はある意味引っかけ。惑わされてはならない。例えば、料理が苦手な子がいるのでのでコリン・ペーター・ジェームスの誰かが4日目の当番であるなどの可能性を完全に捨てきれない。この場合表に記載されている人数は3人となってしまう。なのであの表だけでは人数を確定できない。ただ、当番表からキャンプの全日程が4日であることは推測される。

・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・

2:キャンプ初日?それとも到着から数日後?
【答え】数日後

Cのイニシャルの入ったリュックがコリンのものであるとするとその横に座っているのがコリン。だとするならば、当番表から今日は初日ではなく、全日程4日のうちの2〜4日目となる。
また、蜘蛛の巣で推測する答えも見られるが、蜘蛛の巣は完成まで10〜30分から2時間ほどで出来るので、数日後である確固たる証拠にははならない。ただ、今が朝だとすると少なくとも初日を否定したくなるのは分かる。その場合あくまでも可能性が高いというレベル。質問2の答えの理由からは外すべき。

・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・

3:彼らはどうやってここまで来た?
【答え】車

絵の中にある物だけで考えても、あの大きな鍋や巨大スイカや皿やテント、さらに4日分の食材・調味料や料理道具、飲み水、ランプ等さまざまなキャンプ用品、着替え、趣味の道具などたくさんの荷物を小学生くらいの子供4人だけで持って来たと考えるより、親の車で送ってもらったと考える方が普通。また、他の交通手段もあるが、やはり大量の荷物を考えるとバスなどは考えにくい。
ついでに鍋が持ってきた物であると考えた理由は、火をおこしている場所が炊事小屋などの施設や、石で囲われているなど何かしら火をおこすべき指定の場所であるようには見えないので、ここは一般的なキャンプ場ではないと推測しレンタルの鍋ではないとした。
また一般的なキャンプ場でないなら飲み水も持参しているだろうし、もしかしたら洗剤等も持参しなければならないし、トイレットペーパーなども持参しなければならないと考えると荷物の多さだけでも結論は自ずと出るのかもしれない。

なお一般的な回答である「ボート」も念のため考察してみる。
木に立てかけられたオールから「ボートでやって来た」とする向きがあるが、オールの数からボートは1隻。その1隻にこれらの荷物を積み、さらに子供4人が乗り込み、2本のオールから察するにこぎ手は1人。1人で漕ぐようなボートとなるとそれ程大きな物でもないだろう。このような大量の荷物と子供4人を乗せたボートでキャンプに行かせるなんて普通の親ならさせないし考えもしないだろう。もし子供だけで行かせボートが転覆でもしたらどうするのだろうか?荷物が台無しではすまないし死の危険もあることを思うと、ボートはあくまでレジャー目的だと考えるほうがスマート。オールは引っかけ。
また、更に考えるならば、ボートに乗り込み出発した場所まではどのようにして来たのだろう?やはり親に車で送って来てもらったのか?そうなると質問3の答えは「車とボート?」…などと「ボート」が答えだと考えなけれなならない事案がさらに増え、結果答えもあいまいな答えになってしまうためやはり「ボート」が答えだと考えにくい。

・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・

4:キャンプ地の近くに町はある?
【答え】ない

少なくとも3人はあまりアウトドアに適した格好には見えない。街中で着ているような普段着に近い感じの割と軽装に見える。なのでこのキャンプ地はそれほど厳しい環境ではないだろう。ただ、夏ではあるが皆長袖を着用しコリンはセーターらしきものを着ているので朝はそこそこ気温の下がる地域であるのは推測されるが、緯度が高いのか、高度が高いのか、はたまた天気のせいなのかこの絵では判別できない。杉からすると緯度も高そうだが推測は出来ても確信の持てる程の証拠がないので衣服から環境を推理するのは難しそうだ。

また、子供だけでのキャンプと言う事はクマなどの危険生物との接触等も無いような地域とも考えられるが、町の近くだからクマが出ないとも言えない最近のクマ出没状況から考えても、これまた結論は出ない。

さらに、質問3でも触れたが、火をおこしている所が炊事小屋などの施設やたき火指定の場所では無い草地で気軽にたき火をしているように見える。さらに火の管理する大人がいない状況である。このような状況の場所へ親が車で送ってきたということは、この場所が近くに民家がなく、ボートの件からも池か湖のほとりの可能性は高く、そのこともあり割と火の事についてそれ程神経質にならないでもよいような場所なのではないか。そう推測される。

左下の鳥にも注目したい。見るからに鶏らしき形状だが、子供用の問題であることを考えるとここはそのまま鶏で確定してよいと思う。それでその鶏だが、鶏と言われて野生の鶏の可能性を普通は考えない。一般的に民家もしくは農家や牧場的な物が近くにある可能性がを考える。その場合もやはり「鶏のいる民家」や「農家や牧場」などはふつう「町の近く」にあるとは考えにくいので、やはり答えは町の近くではないと推測される。
 一応鶏がこの中の誰かのペットである可能性もあるが、それこそ鶏がペットで且つ一緒にキャンプに来ているという状況の方がかなり稀な事なので、ココではペット設定はあまりに一般的で無いと判断しペットの可能性は無視する。

・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・

5:吹いているのは南風? それとも北風?
【答え】南風

日本と仮定[限定]しているので条件を北半球とすると、北半球では木の枝が長い方が南、なのでテントの旗や火の流れている方向が北側であるため、風は南側から吹いている。よって答えは南風。
一応念のため、「夏なのでだいたいにおいて南風」などという答えはなしでお願いしたい。
夏なので一般的には南風なのかもしれないが、必ず夏は常時南風が吹いているわけではないし、ここはそんな常識を答えるのではなく「絵」を見て推理し答えるべき。

・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・

6:今何時くらい?
【答え】朝8時頃

朝食前だから7時頃じゃないの? …と言いたいところだが一応「絵」を見て推理してみよう。
質問5の答えから、分かりやすいように「絵」の右を真北、左を真南、奥の方向を真西と仮定して考察する。

まず料理当番の彼の影の方向から察するに、現在の太陽の方向は東からすこし南方向。真夏頃の日の出方向は東より北に20度程、日の出時刻が5時頃なので、日の出より30度程進んだ今は7時頃の方向にみえる。( ※ 東京の8月上旬頃の日の出時刻は5時の数分前。)

ただ影の長さが気になる。夜明けすぐの影ならテント辺りまで影がありそうだが・・・ただそれにしては影の長さがかなり短い。影の長さからの角度を考えると、かなり太陽は高く昇っているはず…せめて10時頃と言いたいところ。

…なのだが、それでもやっぱり太陽の方向からしてかなり東寄りなので答えとしては「太陽の方向から7時頃」と「影の長さから10時頃」の中間をとって「8時半頃」としたいが、太陽の方向をやや優先しここでは答えを「8時頃」とした。

また、そうすると「朝からスイカ?」とやや疑問も生じるが、もしかすると風で敷物が飛ばないように今はただ重し代わりにしているだけの可能性もあるのでスイカの件は触れずにおく。

・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・

7:アレックスはどこにいる?
【答え】虫を捕っている子供

リュックから推測するに、コリンはCのイニシャルが入ったリュックのそばに、Jのイニシャルが入ったリュックから三脚らしきものが見えているので撮影しているのがジェームス。(※ここでジェームスのリュックから見えているモノが三脚でないとすると話がややっこしくなるので、出題者の意図を汲むとココは「カメラを持つ少年」と「三脚の出たリュックのイニシャルJ」を関連付けたいのだろうと推測し、リュックから見えている物を三脚としカメラを持つ少年をジェームスとする)
残りのペーターなのだが、いかんせんペーターの手がかりが全くない。

補足だが、『名簿に名前が3人分あるので、コリン、ジェームスに続き残りのペーターが料理している子。で、突然名前が出てきたアレックスだが、実はよく見ると草やぶの後ろにもう一人いるのがアレックス』みたいな意味不明な答えが見られるが、質問7以前から当番表の4人目と虫取り網の子供の存在は分かっているので、この回答は無視する。

結局質問7〜9は今日が何日目かを推測できれば解決することになるので、この質問以降の回答のためにも、今日が何日目かの推測を行っていく。また、料理をしている子供から今日が2日目か4日目なのは確定している。

まずはスイカ。スイカはたいてい初日にスイカ割りをするか最終日に…と思いそうだが、全くの思い込みだけでは何の手がかりにもならないのでスイカの事は無視する。
また質問2にもあったが蜘蛛の巣は完成まで10〜30分ほどで出来るので時間経過の根拠としては不採用。
さらに、カメラの撮影場所だが普通テントのすぐ横からの風景などは初日に撮るものだろうし、どこにでも数多くいる蝶々なども2日目4日目に採るようなものでもないが、今日がたまたま良い天気や光具合の撮影チャンスの可能性もあるし、たまたま近くにレア物がいただけかもしれないので日にちを特定できるだけの確固たる証拠にはならない。

もしかして料理をしている男の子のポーズやおたまの持ち方が変なので、何かメッセージを含んでいるのではないか?もしかして手より上のおたまの形が「P」を表していて彼がペーターではないのか?…という推測も出来るが、無理矢理過ぎる気がする。

なので、結論としては、ピーターやアレックスを特定するだけの証拠がない…となる。

ただ可能性の1つとして考えると・・・
質問1で指摘したが当番表の4日目が誰か分からない、ということは誰かが2回当番の可能性も捨てきれない。そうすると、アレックスは料理当番になることはないので答えはおのずと現在料理しているのがペーターでアレックスは虫を捕っている子供となる。

さらに無理矢理だが、最終的な結論を出すとすると・・・

先ほども述べたが4日目にもなって、テント横からの風景を撮影するだろうか?もちろん無いなんて事は無いのだが、普通初日というか着いてそうそうに撮る風景がテント横だろう。そう考えると、初日と言いたいところだが、もう一つきわめて重要な「初めて」が2日目にもあった。
推測だが、初日は朝イチで家を出発しお昼前にキャンプ地に到着したとすると、2日目の朝が今回キャンプ地で体験する1回目の朝ということになる。当然カメラ小僧としては、湖面にうっすらとかかった朝靄の景色なんて是非カメラに収めたい…などと考えるのは無理のない推理ではないだろうか。
そうすると、2日目以降にもなって「テント横で景色を撮影している」という状況は、2日目以降で今回のキャンプ初めての状況。そう「今回のキャンプではじめての朝を迎えたから」と考えるとジェームスの行動をスマートに無理なく説明でき一番しっくりくるのではないか。
 ※ もしかしてジェームス、初日や2日目は撮影が忙しいので、撮影が落ち着く3日目以降の当番を希望したかもしれない。

よって質問7の最終結論としては、今日は2日目であり、当番表から料理当番がペーターであるならば、虫を捕っている子供がアレックスとなる。

・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・

8:昨日の料理当番は誰だった?
【答え】コリン。

質問7の結論から今日は2日目なので「前日=初日[1日目]」の当番はコリン。

・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・

9:今日は何月何日?
【答え】8月8日

質問7の結論から今日は2日目。当番表の数字から今日は「8日」であると推測される。また、問題が『夏山キャンプ』であるため一般的に夏を7月〜8月だとし、さらに4日まとまった休みとなると、7月の最初にそんな休みをとる子供はいないので、ここはやはり夏休みだと考えるのが自然。なので今は8月。答えは8月8日となる。
※ この問題のタイトルですでに「夏」が出ているので、スイカについてはここでは触れないでおく。

・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・+・

いかがでしたか?
面白かったですか?

私的な解答はこんな感じになりましたが、皆さんの答えといっしょだったでしょうか?

この問題に正解はないのだと思います。
考えることに意味があるんだと思います。
子供が考えた答えを否定せず「よく考えたね〜」でいいんではないかと。

1年に1回やって成長を楽しむのもいいかもしれませんね。 

それではまた。 

子供の教育について今思っている事。

うちの息子(小1)、今日の全校朝礼でみんなの前に呼ばれ「読書感想画」で賞状もらったって。すごい!
(※ 息子の小学校は2学期制なので終業式ではないみたい。)
ちょっと前に「読書感想画に選ばれたので、絵の裏面に貼るための文章を家で清書して持ってきなさい」ってのがあったから、何やらそれらしいものに選ばれたんだなぁ〜とは思ってたけど、皆の前で賞状もらうほどだったとはね。素直にうれしい。\(^o^)/

まぁ私も小学校の頃のスケッチ大会とかの絵なんてほとんど市や県や全国大会みたいなのに持って行かれて、おうちに持って帰った記憶無いくらいだったからなぁ〜。さらにママは美大出だし。そこは完全にいいとこ取りで生まれつき絵は上手いのかもね。

でも「絵」ではなくて「内容」で選ばれたのかもしれない。
と言うのも、、、

結局親もどんな絵か見れてないんだけど、読書感想画の裏面の文章だと、、、
恐竜の本を読んだらしい。で、絵に描いたのは『本に出てこなかった「スピノサウルス」と「プテラノドン」が本にいなかったので仲間に入れたくて描いた』んだと。すごいよね、読書感想画なのに本に出て無いもの描いちゃうんだから。
さらに『空に隕石が落ちてくる絵を描いたので、隕石のイメージのオレンジで空を塗った』ってさ。恐竜絶滅っすか?
…まぁ、小学1年生の読書感想画っぽくはないかも。

それもそのはずで、そう育てたから。恐竜絶滅の話なんてすでに数年前には知ってたはず

とにかく小さい頃から子供の欲するモノは何でも与えた。
図鑑や絵本はもちろん、さらにテレビなんだろうがゲームだろうが、本人が興味を示せば何でも与えた。テレビで興味がありそうな古生代の生物、深海生物、毒持った危険生物、UMAやUFOや幽霊などなど、何でも録画して見せた。百聞は一見に如かずで。NHKや民放の子供が見そうなテレビは数分でも全て録画して見せた。今はもう見ない1歳頃から幼稚園の頃のモノまでもの凄い数のDVDが残ってる。今もアニメDVDが増え続けているけど…
※アニメや漫画やゲームは子供の頃の共通の思い出としてみんなと語れないのは寂しい人生だと思う、だから与える。

そんななので恐竜も沢山知ってるし恐竜絶滅の事もちゃんと知ってる。恐竜だけじゃなくて深海生物も沢山知ってるし、アンモナイトやアロマロカリスなどの古生代の生物も詳しいし、昆虫、特にカブトムシ・クワガタもめっちゃ詳しい。ドラゴンボールキャラもポケモンも詳しい。TVCMでも大人の曲でもアニメの曲でも与えた。イッテQで世界の国に興味を示したので地球儀も買ったし、質問してきたら何でも必ず丁寧に説明してきた。天才テレビ君で都道府県も知ったし、その番組で熊本知った後にすぐあの地震だったりもした。脳に入るのならなんでも入れさせた。

そう、最近は文字をすらすら読み出したので、漫画や子供用の雑誌を与えてる。
持論だけど、人間、文字はビジュアルで捕らえてる。だから何でもいいから文字を沢山読め!読んで読んで文字を読むことに慣れて脳が字を認識する能力を高めろ!すらすら読めて内容が頭にすっと入るようになったら、難しい本も読めるようになるはず。漫画も読めないようではダメだって事。
…って思う。何でもいいから読んで読んで読みまくって欲しい。だから今は漫画でもいいからめっちゃくちゃ読ましてる。もちろん本人が望む範囲で。※漫画の中には、漫画の世界の文法がある。それを知らないと漫画を楽しめない。漫画やアニメやゲームを知らないとサブカル文化を楽しめない。

泳ぐの好きそうなので夏はめっちゃ海やプールに行った。
昆虫も好きなので山へ行き、滝の方までリバートレッキング&昆虫探しもした。
習い事はサッカーしたいと言うのでサッカーさせている。

何でも吸収したいと思うとき吸収できるときに何でも好きなモノを吸収させた。
好きなことをどんどんさせる。飽きてもいい。次に進む、それだけ。禁止はしない。なんでもOK。
※うちの子、親に似て慎重派で危険な事は昔っからしないので、そもそも命に関わるようなことは禁止する必要がない。

ただ、ゲームセンターのゲーム、1回いくらまでと制限は付けてます。
まぁ禁止と言うより、ルールを作り守らせる話ですね。



親として心がけてるのが「0と1」の差と「レベル1からしかレベルアップしない」ってこと。

何でも良いから全てを経験させる。経験しないといつまでも「0」。
「0と1」の差は大きい。
「ゼロ」は永遠にゼロ。何もまだ始まっていない状態。その先の成長、その道の成長はない。
なんでも良いからとにかく始めないと始まらない。好きも嫌いも才能あるもないも分からない。
「0から1」にするのは親の努め、「レベル1からのレベルアップ」は子の努め。
漫画を与えたのは「0から1」、漫画を読み文字を読むレベルを3とか5に上げさせたら、教科書とか難しいものに移ってもいいんじゃない?素地は作ったからそこからはガンバレ!
まぁ、そんな感じかな。

ただ、周りと競争はさせない。周りを気にしない。
いずれ覚えることはそのうち覚えるんだから気にしない。無理矢理覚えさせない。
1歳半、歩き始めるのが遅くても気にしない。どうせそのうち歩き始めるっしょ。
2歳頃、トイレトレーニング?、大丈夫、人間みんなそのうちちゃんとできるようになるよ。
爪切り出来ない。私が切ってる。そのうち自分で切るようになるっしょ。シャンプーもそう。
※自然と覚えるモノではない箸の握り方は少しずつ教えていってます。

似たような感じなんだけど、逆にオススメしないものもいくつかある。
数字を1から100まで数えられるようにしてるの、よく子供は面白がってやってるけど、あれは意味ないよね。親は絶対無理矢理させないほうがいい。
かけ算九九もそう。どうせ来年[小2で]やるけど、息子は学童のお兄さんお姉さんがやってるの見てたみたいで、だいぶ前から覚えようとしてたから、おふろに貼るヤツ百均で買ってきて貼っているけど、本人の努力は認めて本人の好きなことはトコトンさせるニコニコして聞いてるけど、まぁほっといてる。意味ないからね。

数字をただ100まで言えても、かけ算九九を全部言えても、概念を理解していなければ何の意味も無い。
算数数学は概念を理解しなければ全く意味が無いからね〜。
小1はまだ3+3+3=9を分かっても、3×3=?ってレベル。
理解していないモノを覚えるのは意味が無い、でも、もちろん禁止はしない。禁止はしないが積極的に覚えさせるのは止めた方がいい。
その歳その時必要なモノを確実に見極め与えるのも親の務め。



ここまで書いておいてなんだけど、実は「勉強」に力は入ってません。
好きなら勉強すれば?って感じなんです。
私は子供の幸せを願っているだけなんで。
今後どのような学習環境・受験環境、就職状況、世界情勢になっても、人間持つ基礎の基礎の根本的な部分はしっかり鍛えておいてあげたいな〜って思っているだけなので。なので特に大学進学は考えておりません。もちろん東京大学に入れるのなら入って下さい。色々と楽できますよ。「東大生の」って付くだけで本も売れますし。何かと便利なのではないかと。

どちらかと言うと、真剣に身につけたい知識があるのなら大学行けば?って思う。でなきゃ日本の大学行ってもあんまり意味ないし。
大学行って無くて儲けてる人いるし、大学行って貧乏もいる。奨学金問題とか良い例。

子供に幸せになって欲しい。イコール大学では絶対にないよね。
幸せになって欲しい、幸せと感じられる人生を自分で選び切り開き、自分で自分の人生を幸せと感じられる人になって欲しいのであって。
別にそこに大学は必須ではない。
長く生きてるとみんな分かってると思うけど、幸せって大学と何の関係も無いの知ってる。たぶん全員感じてる。

「死ぬまで努力す続ける」「目標を持つ」「くよくよしない」「前向きでいる」「趣味を持つ」などなど、自分の人生を楽しくしていくにはそのほとんどが本人の中にあるもので、大学が与えてくれる物はこれっぽっちもない。

かといって勉強させないとかはないよ。矛盾しているみたいだけど。
人生の目標が大学入試みたいなのは違うと思っているだけで、たぶん最低でもここ沖縄にいるんだから琉球大学くらいは行って下さいって思っている。そのくらいの知識学力などなどはあって下さい、と願っている。

大学行っているといろんな道に進めるし、とかも思ってません。そんな理由で勧める人いるけど。
「後で行けばよかった」って思うとかないよ。「後で思った」って言ってその後努力しない人は当時もしなかったんだし、結局しない出来ないなしとげられないタイプの人。真剣な話、大学行きたいヤツはどんな努力してでも行くよ。

親が育ててあげたいのは、大学に行くタイプの方ではなく、目標持ちそのために頑張るヤツ。
なので高校時代に頑張るもよし、後で目標が出来たのでむちゃくちゃ頑張る!でもいい。
一番イヤなのが無いもしない事。何も残らない事。

何もしないくらいなら、漫画でもゲームでもしていてくれた方がいい。思い出に記憶に残る。ヤルならとことんやって欲しい。その道で日本一になれ!って思う。なんでそう思うかというと、何かでトップ取れる人は他でも結局ちゃんとやれてる事多いから。

集中力があって、めんどくさがらずに、とことん追求する。これかな?
結局中卒でもスポーツでもラーメン屋でも土建屋でもIT会社でも何でもいいけど、ちゃんとやってる人は共通してやってんのね。

まとめると結局「とにかくヤルヤツになる」これが出来ればその子の将来安心かな?
「何もやらない」のはダメ、「中途半端」もだめ、「とことんヤル」これ!


まぁ、あとはお金の話と女の話と法律やその他人生観を教えたあげられたらいいかな〜


…っと、2016年の年末に思った事でした。
来年はどんな風に考えているんだろう?ワクワク

「福山雅治/桜坂」のPVのロケ地を探し出した話

先日、MTVだったかスペースシャワーTVだったか
福山雅治の「桜坂」が流れてた。

↓コレね。

んで、
「すっげー眺めのいい場所だけど…どこだろう?」
って思って、
さらに、
「こんな特徴のあるとこGoogleMap使えば一発で探せんじゃね?」
って思ったわけ。

で、探してみたら
んまぁ〜分かんねぇ〜〜
てか、
似たような家多過ぎぃ、
ほっとんどの家にプールあるし・・・

ムズい…(-.-#)

んが、逆に燃えたね、オレは。


Youtube行って、
もう一度じっくり見直して、
特徴的なシーンを抜き出してって、
少しずつ絞り込んでいった訳よ。

以下順を追って説明していく。



まずはPV全体の雰囲気から言ってアメリカでしょうと。
さらにどっちかと言うと西側の方っぽい雰囲気?

001
↑ん〜広い平らな土地に…高いビル群…。

…けど、ラスベガスって雰囲気じゃない。
もっと大きな都市。
サンフランシスコは坂が多いイメージなので、
ロサンゼルス?

そこで「ロサンゼルス ビル」で画像検索。
ビンゴ!
そのまんまな画像わんさか!

ロサンゼルスで決定!

さて次。

おおざっぱな場所を探る。

ここからはGoogle Earthが大活躍!
地形や建物を3D立体表示させての検証。

まず、
最初のビル群の見え方から
撮影された方向を絞り込む。

さらに↓こんな感じで見える距離を考える。
002
最初のビル群を遠くに望む、そんな高台?
けど結構な距離はある・・・

遠くにビル群、
手前に大きな緑地帯、
そこから続く流れでポツリポツリと背の高いビルが見える…

緑地帯は「セントラルL.A.」とか言う所かな?

じゃぁ目的の場所は…
ウエスト・ハリウッドっていう辺りの高台からの眺めと推測。

で、Google Earthで現地に行って、、、、

驚いた!
それらしき家ばっか (゜◇゜) ガーン
…ほとんどの家にプールあるし orz

まぁでも、
割と早くに見つかるのではないかと…
 
「高台の出っ張った所にある家で
ひょうたん型のプールがあって…」
 
…ってな感じでひたすらGoogle Mapと
Google Earthを使って探し回った。


無理。。。見つからん・・・


でも、あきらめない!
ひたすら探し回る!
ただそれだけ、
ただその繰り返し。。。

それで2日くらい探した。

闇雲に探してもダメだ!
よし!って事で
PVでチラリと見える眼下の町並みを探してみた!
ふむふむ、いい感じだ。
探している所は間違いないようだ。

だが、
イマイチ決め手になる感じはしない・・・

時間だけが過ぎていく。

そこでもう一度PVをよく見る。

あれ?
何か… 
今までとは違う感覚が…

そう、
さんざんこの地を空から幾度となく見てきて、
そこそこ土地勘が付いたと言うか何というか…

そして、あることに気がついた!

003
横に見える丘らしき所、
何も家が建っていない!

004
↑このアングル (Google Earthで見た風景)

この辺りの丘の上はどこも家ばかり
ホント家・家・家・・・

しかしPVに写っている丘には
家らしきものはない…

こんなに家のない丘は少ない。
しかもこのアングルで…
 
…ってなるともう心当たりは2カ所くらいしかない。

「よし!この丘かこの丘のどちらかだ!」
完全に絞り込んだ!
ここからは早い。
Google EarthでPVと同じような風景に見える所を探す!

005
↑ばっちり!(Google Earthで見た風景)

PVに似たアングルを探しだした!
あとは、反対の側に回ってみて、家の方を確認する。

思い描いている"それ"と同じかどうか…

ひょうたん型のプールと同じか?
プール周りのタイルの形状は同じか?
庭の形・大きさ・芝生の生え方が同じか? 
家の形はPVと似ているか?
櫛状の木のひさし(テラスの屋根?)はあるか? 
庭の木の形や位置は同じか?
パラソルはあるか?位置は同じか?
プール左側にあるさらに小さなプールらしきものはあるか?
家の右隣には茂みまたは木々があるか?
パラソルの眼下には低い木または草・茂みが生えているか?
庭のはしは白いライン状に見えるものがあるか?

…これらの条件に当てはまる家を探した。

あった!↓コレだ!
006
もう間違いない!(Google Earthで見た風景)

007

全ての条件が完全に一致する。
もうここ以外考えられない!



ふぅ。


意外な場所だったなぁ〜。
こんな一見引っ込んだところが、
あんな見晴らしのいい所とは思わないよねぇ〜
まるで周りには何もないかのような見晴らしだったからねぇ〜。

ホントGoogle Mapでは無理だったね。 
Google Earthで見ないとわからないよ。
"なぜこんなところからあの景色が!?"
って思える地形してるもの。
 

って事で、
無事探し出すことが出来ました。
いやぁ〜よかったよかった!\(^O^)/

解読不可能な店内POP

ネットにあったこの写真
凄いですねぇ〜。

↓何て書いてあるか分かりますか?
(※答えは最後の方で)

凄いPOP
※↑画像をクリックすると拡大画像が見られます。

ホント何て書いてあるかさっぱり分からない...

もうどうせ分かんないなら
「パン缶 各種」でいいんじゃないのかと
でなければ2行にすればよかったんじゃないのかと。 

まぁでも、
そのすぐ後ろに商品があるから
商品名かもどんな商品かも分かるから
特別問題はないんだろうけど。

ただ、
これがチラシだった場合大問題!

こんなに読めない状態だと
クライアントに怒られる怒られる。

または、
読める状態にするとなると
限られたスペースでこの文字数をどう処理するか....
悩む悩む・・・・ってか無理。
結局「パン缶 各種」って表記する事になる、
大体そうなる。



チラシ作りで時々悩むのが
文字数との戦い。

最近の商品の中には
「会社名・ブランド名・シリーズ名・商品名・商品特徴の名前」
とか細分化してきて、さらにネーミングが長い!
さらにこれ全てがカタカナだったりするともう。。。。

例えば、
・化粧品だと商品名自体が長かったりします。
参考例:資生堂/マキアージュ/エッセンスリッチ ホワイトリキッド UV/ベージュオークル20

さらに、
・洗剤や芳香剤などの香りモノは香りの名前が長かったりします。
参考例:エステー/消臭力・コンパクトスプレー/玄関・リビング用/魅惑のエキゾチックローズの香り(つけかえ)/39mL

これだけ長くなると、
チラシに載せる情報として、
どの文字を入れて、どの文字を入れないのか悩みます。

さらに、
撮影した商品写真データを保存するときに付ける名前も苦労します。
ちゃんと後で探し出せて使えるように名前を付けないといけないし、
別の人が作業する時にちゃんと分かる名前にしとかないといけないし…

意外と無駄な時間と悩みがあったりします。
ささやかな悩みですが。

大量に掲載写真があると
撮影含め半日時間とられちゃうと
ちょっとイラッとすることも...



さて、
最初の写真、
何て書いてあったかと言うと・・・

【答え】
パンの缶詰(チョコ・粒々苺・ミルク ・メイプル・はちみつレモン)・缶入りソフトパン(レーズン4号缶・オレンジ4号缶・ストロベリー4号缶)
※写真の文字の並びの通りに、ミルクの後ろに半角の空きが入れてあります。

長すぎるよ。。。(×_×) 
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